昨今、主に所得税に関する年収のボーダーラインである「103万円の壁」がニュースになっているが、年金の世界にも壁が存在する。それが、年金の「211万円の壁」である。
「211万円の壁」とは、主に65歳以上の夫婦世帯が住民税非課税世帯となるかどうかの年金収入の基準を指します。
具体的には、世帯主(多くの場合、夫)の公的年金収入が211万円以下で、かつ、配偶者(多くの場合、妻)の公的年金収入が155万円以下であれば、世帯全体が住民税非課税世帯に該当するという目安のラインです。
65歳からの公的年金を繰り上げ受給であえて年金額を少なくすることで、年金から天引きされる社会保険料や税金が減額され、その結果、手取り額が増えます。一方で、年金収入が『211万円の壁』を1円でも越えてしまうと社会保険料が上がり、年金の手取額は逆転してしまうのです。
これが、いわゆる「211万円の壁」である。この壁を越えるかどうかの違いは思いのほか大きい。住民税がゼロになるだけでなく、211万円以下になることで夫婦の年間の社会保険料負担が10万円近く下がる。高額療養費の自己負担上限も低くなり、自治体によっては入院時の食事代が減額されるなどの仕組みが用意されていることもある。
例えば、年金収入が多い年間270万円(月額22.5万円)の人も、60歳からの繰上げ受給をすると、24%減額されて年金額はちょうど非課税の210万円になる。将来にわたって年金から天引きされる保険料や税金を考えると、年60万円年金を減らしてでも、「非課税世帯」を選ぶという選択は検討の価値があるという。
ポイントは「住民税」である。大都市圏で生活する65歳以上の年金世帯(扶養家族は妻1人)の場合、夫の年金収入が211万円以下であれば、住民税を納めなくて済む。
では、この「211万円の壁」を超えると具体的にどのような負担が増すのか見ていきましょう。
なぜ「壁」と表現されるのか?

この「壁」という表現が使われるのは、たった1円でもこの基準を超えてしまうと、以下のような経済的負担が急激に増えるためです。
- 住民税の課税:
- 住民税(均等割・所得割)が課税されます。
- 特に、住民税非課税世帯だった場合は均等割(年間約5,000円程度)も課税されるため、負担が増えます。
- 社会保険料の増加:
- 国民健康保険料の減免がなくなる、または軽減率が低下する: 住民税非課税世帯には所得に応じた減免措置がありますが、課税世帯になるとこれが適用されなくなり、保険料が大幅に上がることがあります。
- 介護保険料の負担が増加する: 介護保険料も所得段階に応じて決まるため、住民税非課税世帯から外れると保険料が引き上げられます。地域によっては年間数万円~10万円以上の差が出ることもあります。
- 医療費・介護費用の自己負担額の増加:
- 高額療養費制度の自己負担限度額が高くなる: 医療費の自己負担額が一定額を超えた場合に適用される高額療養費制度において、住民税非課税世帯は自己負担限度額が低く設定されていますが、課税世帯になるとその限度額が高くなります。
- 高額介護サービス費の自己負担上限額が高くなる: 介護サービス費についても同様で、非課税世帯は上限額が低く抑えられていますが、課税世帯になると上限額が上がります。
- 入院時の食事代や介護施設利用時の食費・居住費の負担が増える: 住民税非課税世帯に適用される軽減措置が受けられなくなります。
これらの負担増は、年金収入がわずかに増えただけでも発生するため、「たった1万円収入が増えただけで、年間で数万円~10万円以上も負担が増える」といった事態が起こり得ます。この急激な負担増が、「壁」という言葉で表現される理由です。
注意点
- 地域差: 上記の「211万円」「155万円」の基準は、主に「1級地」と呼ばれる大都市圏での目安です。お住まいの地域(級地)によって、非課税となる年金収入の限度額は異なります。正確な金額は、お住まいの市区町村の住民税担当窓口にご確認ください。
- 夫婦の年金収入を合算して211万円ではない: これは「世帯主の年金収入211万円以下」と「配偶者の年金収入155万円以下」という個別の基準です。夫婦の年金収入を合算した額ではありません。
- 年金以外の所得: 年金収入以外に、給与収入や不動産収入、その他の所得がある場合は、それらも合算した「所得金額」で判断されます。
「211万円の壁」を意識することは、年金生活を送る上で、住民税や社会保険料、医療費・介護費用の負担を軽減し、手取り額を最大化するための重要なポイントとなります。
住民税非課税世帯はこんなメリットもある
- 自治体サービス・給付金の対象
- 各種給付金・手当の支給: 国や地方自治体から、低所得者向けの臨時特別給付金などが支給されることがあります。
- 教育費の減免・無償化: 子どもや孫がいる世帯の場合、大学などの授業料や入学金の免除・減額、給付型奨学金の対象となることがあります。また、0~2歳児の保育料が無償化されます。
- 各種割引・補助: 予防接種の費用補助、バス・電車などの交通費の割引、検診の無料化など、自治体独自のサービスが受けられる場合があります。
- NHK受信料の免除: 一定の条件を満たせば、NHK受信料が免除されます。
年金繰上げ受給のデメリット
住民税非課税世帯になるメリットは大きいですが、年金繰り上げ受給には以下のようなデメリットもありますので、慎重な検討が必要です。
- 生涯にわたる年金額の減額: 一度繰り上げ受給を選択すると、その減額率は生涯続き、取り消しはできません。長生きした場合、年金総額は減る可能性があります。
- 障害年金・遺族年金への影響: 繰り上げ受給をすると、障害基礎年金や寡婦年金が受給できなくなる、または支給停止となる場合があります。
- 国民年金の任意加入や保険料の追納ができなくなる: 年金額を増やすための選択肢が制限されます。
- 配偶者加給年金への影響: 65歳未満の配偶者がいる場合、配偶者加給年金が加算されない期間が生じる場合があります。
- 雇用保険の基本手当(失業保険)との調整: 65歳になるまでの間に雇用保険の基本手当を受給する場合、年金が支給停止となる場合があります。
今後は住民税非課税基準は厳しくなる
住民税非課税の基準は情勢次第で変わる可能性があります。住民税の課税対象者を増やす動きが出てこないとも限りませんから。それに最近はインフレ傾向なので、繰り上げして211万円以内に収まっていても、毎年の改定ですぐ211万円を超えてしまう可能性もあります。
また、いったん年金の繰上げ受給をすると元に戻すことはできない。改定によって住民税課税となり、税金が増えかつ年金は減額されたままでは、それ以降の老後は厳しい経済状況のまま生活していかなければならない。まさに後悔しかない。
これでは、長生きリスクに対応できなくなる。
まとめ
年金繰り上げ受給は、年金収入を戦略的に減らすことで住民税非課税世帯となり、税金の減額などメリットを享受できる可能性があります。しかし、その一方で、生涯にわたる年金額の減額や、他の年金制度への影響といったデメリットも存在します。
ご自身の健康状態、貯蓄状況、今後の生活設計などを総合的に考慮し、年金事務所や税務署、ファイナンシャルプランナーなどの専門家にも相談して、慎重に判断することをおすすめします。
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