2025年度の年金制度改革法において、これまで、在職老齢年金の支給停止調整額は、2024年4月からは50万円でしたが、2025年4月からは51万円に引き上げられました。さらに、2026年4月からは、この基準額が62万円に引き上げられる予定です。
支給停止調整額の引き上げにより、これまで年金が減額されていた高齢者の年金支給額が増加します。政府の試算では、これにより新たに約20万人の年金給付が増える見込みです。
この支給停止調整額の引き上げは、主に以下の目的で行われます。
- 高齢者の就労促進: 「働き損」という意識を軽減し、高齢者がより長く、より多く働くことを後押しします。
- 「年金の壁」の緩和: 収入が増えることで年金が減額されることを気にせず働けるようになり、就労意欲の向上につながることが期待されます。
在職老齢年金とは
在職老齢年金とは、60歳以降も働きながら老齢厚生年金を受給する場合に、賃金と年金の合計額が一定額を超えると、年金の一部または全部が支給停止される(減額される)仕組みです。この制度は、高齢者の就労と年金受給のバランスを図ることを目的としています。
参考記事:働き続けると年金は減額されるってほんと?: 在職老齢年金について解説します

高齢者の働き方への影響
これらの変更により、高齢者の働き方や年金受給のあり方に大きな影響が出ると予想されます。
2025年度の年金制度改革法による在職老齢年金の見直しは、高齢者の働き方や年金受給に以下のような影響を与えると考えられています。
- 就労意欲の向上: 支給停止調整額が引き上げられることで、より多くの収入を得ても年金が減額されにくくなります。これにより、「働き損」という意識が薄れ、高齢者が積極的に働く意欲が高まることが期待されます。特に、これまで年金減額を避けるために労働時間を調整していた人にとっては、働き方の選択肢が広がるでしょう。
- フルタイム勤務の増加: 基準額の引き上げにより、フルタイムで働いても年金カットの心配が大幅に軽減されるため、正社員として継続勤務する高齢者が増える可能性があります。
- 多様な働き方の選択: 業務委託や個人事業主といった雇用されない働き方であれば、在職老齢年金制度の対象外となるため、収入額を気にせずに年金を満額受け取ることができます。このため、自身のライフスタイルや収入目標に合わせて、より柔軟な働き方を選択する高齢者が増える可能性があります。
注意点
- 支給停止の対象となるのは老齢厚生年金のみであり、老齢基礎年金は減額されません。
- 今回の制度改正では、在職老齢年金の見直しだけでなく、厚生年金の適用拡大なども盛り込まれています。
年収120万円増加した場合の影響(月額換算で10万円増)は
60歳以降に年収を120万円増やす場合、厚生年金への影響は大きく分けて2つの側面で考える必要があります。
- 在職老齢年金による支給停止の緩和(減額されていた年金が増える)
- 厚生年金保険料の納付による将来の年金額の増加(新しい年金額が加算される)
1. 在職老齢年金による支給停止の緩和
①これまで年金が減額されていた場合: もし、年収が120万円増える(月額10万円増)ことで、「基本月額 + 増額後の総報酬月額相当額」が新しい支給停止調整額(2026年4月以降は62万円)を下回るようになれば、これまで減額されていた年金が支給停止されなくなり、その分年金が増加します。
例: もし現在の報酬と年金の合計額が例えば55万円で、支給停止調整額が50万円の場合、(55万円-50万円) ÷ 2 = 2.5万円が支給停止されていました。年収が120万円増えることで総報酬月額相当額が10万円増加しても、「基本月額 + 総報酬月額相当額の増加分10万円」が支給停止調整額62万円をどれくらい超えるかによって、支給停止される金額が変わります。
②既に年金が減額されていない場合: 年収が120万円増えても、「基本月額 + 増額後の総報酬月額相 当額」が支給停止調整額(2026年4月以降は62万円)を超えないのであれば、年金は減額されません。この場合、在職老齢年金の仕組みによる年金の増加はありません。
重要なのは、年収が増えたことで「基本月額 + 総報酬月額相当額」が62万円以下になるのか、それとも超えるが、超える額が減るのかという点です。
2. 厚生年金保険料の納付による将来の年金額の増加(新しい年金額が加算される)
60歳以降も厚生年金に加入して保険料を納め続けると、その期間の保険料に応じて将来受け取る年金額(報酬比例部分)が増加します。
年収120万円増(月額10万円増)した場合の厚生年金の増加額の目安
厚生労働省の資料によると、年収120万円(月額10万円)増加した場合の報酬比例部分の年金額の目安は以下の通りです。
増加した年収 (月額) | 厚生年金加入期間 | 増える報酬比例部分の年金額 (月額) |
120万円 (10万円) | 1年 | 約400円 |
120万円 (10万円) | 5年 | 約2,400円 |
120万円 (10万円) | 10年 | 約4,900円 |
あれ?年金はあまり増えないなあと思われた方も多いかと思いますが、増額された年金額は一生涯続きます。これからの人生100年時代を見据えた場合、少しでも一生もらえる年金を増やすことが老後のお金の不安を和らげることができます。
- 既に年金が減額されている場合: 年収120万円増加することで、在職老齢年金による支給停止額が減少またはゼロになり、その分の年金が増加します。これは、月額で数万円単位になる可能性もあります。
- 新たに年収が増えることによる年金: 年収120万円増加し、厚生年金保険料を支払うことで、将来受け取る厚生年金(報酬比例部分)が毎年少しずつ増加していきます(月数百円から数千円程度)。
正確な影響額を知りたい場合は、ご自身の現在の年金額と報酬月額、そして増加後の報酬月額を元に、日本年金機構のウェブサイトで計算シミュレーションを行うか、年金事務所で相談することをおすすめします。
シニアの働き方推進は年金制度維持に非常に重要!

はい、年金制度を維持するためには、高齢者の働き方推進は非常に重要であり、不可欠な要素であると広く認識されています。主な理由は以下の通りです。
- 年金財政の改善(保険料収入の増加):
- 高齢者が働き続けることで、厚生年金や健康保険の保険料を納め続けることになります。これにより、年金財政への保険料収入が増加し、給付の安定に貢献します。
- 現役世代の減少、少子高齢化の進展により、現役世代の保険料だけで高齢者世代の年金を支えることが困難になってきています。高齢者が保険料を納める側にもなることで、支え手が増える効果があります。
- 年金給付の抑制効果(在職老齢年金制度):
- 現在の在職老齢年金制度は、一定以上の収入がある高齢者に対して年金の一部または全部を支給停止する仕組みです。高齢者が働き続けることで、この制度が適用され、年金給付額を抑制する効果があります。
- 今回の在職老齢年金の支給停止調整額の引き上げは、確かに給付増につながる側面もありますが、これは「より働いて税金や保険料を納めてほしい」というメッセージでもあります。
- 社会保障費全体の抑制:
- 高齢者が健康を維持しながら働くことで、医療費や介護費などの社会保障費の増加を抑制する効果も期待できます。健康な高齢者が増え、社会参加を続けることは、社会全体の活力維持にもつながります。
- 労働力不足の解消:
- 日本は少子高齢化により、生産年齢人口(15~64歳)が減少の一途をたどっています。これは経済成長の足かせとなるだけでなく、年金制度の支え手不足にも直結します。
- 高齢者の就労を推進することで、労働力不足の解消に貢献し、社会全体の生産性を維持・向上させることができます。
- 税収の増加:
- 高齢者が働いて収入を得ることで、所得税や消費税などの税収が増加します。これも間接的に年金を含む社会保障財源の強化に繋がります。
デメリットは?
- 年金財政への影響:
- 支給停止調整額が引き上げられることで、これまで年金が減額されていた人が減額されなくなり、年金給付額が増加します。これにより、年金全体の財政負担が増加する可能性があります。
- 現役世代との公平性の問題:
- 高齢者が働きながら年金を満額近く受給できることで、「現役世代は年金のために保険料を支払っているのに、高齢者は働きながら年金をもらえるのは不公平だ」という声があがる可能性があります。特に、経済状況が厳しい若年層にとっては、高齢者優遇と映る可能性も否定できません。
- 高所得者に有利な制度であるとの批判:
- 在職老齢年金制度は、働いて得た収入が多いほど年金が減額される仕組みのため、もともと高収入の高齢者が年金支給停止の影響を受けやすい制度でした。
- 支給停止調整額の引き上げは、高所得の高齢者がより年金を受給しやすくなるため、「高所得者に有利な改正だ」という批判もあります。所得の低い高齢者や、そもそも就労できない高齢者には恩恵が及びにくい点が指摘されています。
- 労働市場への影響:
- 高齢者の就労期間が長期化することで、若年層の新規雇用機会に影響を与える可能性を懸念する意見もあります。ただし、労働人口減少の現状を考えると、高齢者の労働力は不可欠であるとの見方が一般的です。
これらのデメリットは、制度改革の背景にある「高齢者の多様な働き方の推進」や「労働力確保」といった目的とトレードオフの関係にあります。社会全体で高齢者の労働参加を促進する上で、これらの懸念をいかに解消し、バランスを取るかが今後の課題となります。
まとめ

もちろん、高齢者の働き方推進には、若年層の雇用機会とのバランス、高所得者優遇との批判、企業の受け入れ体制の整備など、様々な課題もあります。しかし、年金制度を持続可能なものとし、社会全体の活力を維持していくためには、高齢者がその能力や経験を活かして働き続けられる環境を整備していくことが不可欠である、というのが政府や専門家の共通認識です。
年金制度は、現役世代が保険料を支払い、高齢者が給付を受けるという世代間の支え合いの上に成り立っています。この構造を維持するためには、高齢者も「支えられる側」だけでなく「支える側」の一部として役割を果たすことが求められている、と言えるでしょう。
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