【連載:50代からのお財布を守る!知らなきゃ大損する行動経済学】

行動経済学

第2回:「まだ売らなくて大丈夫…」が命取り!株や保険の放置を招く心のブレーキ~「変えないリスク」を知る。50代からの賢い見直し術~

「今のままでも、特に生活に困っていないから」

「新しいことに手を出して、失敗するのが一番怖い」

50代を過ぎ、人生の後半戦が見えてくると、こうした「守り」の気持ちが強くなるのは、ごく自然なことです。

長年築き上げてきた生活や、大切なお金を守りたいという思いは、それだけあなたがこれまで真面目に、一生けん命に歩んできた証拠でもあります。

しかし、この「今のままでいい」という安心感の中に、実は大きなお金の落とし穴が隠れているとしたらどうでしょうか。

今回は、私たちの決断を鈍らせる最大の強敵「『いつものままでいいや』というブレーキ(現状維持バイアス)」と、その裏に潜む「『絶対に損したくない!』という脳の叫び(損失回避)」の正体を解き明かします。

これを知るだけで、おっくうだった身の回りの整理が、驚くほどスムーズに進むようになりますよ。

「得する喜び」より「損する痛み」の方が2倍強い?

想像してみてください。 あなたは今、あるシンプルな「くじ引き」に誘われました。

  • 表が出たら:あなたに1万円差し上げます。
  • 裏が出たら:あなたは1万円支払わなければなりません。

さて、あなたはこのくじを引きますか?

おそらく、多くの方が「いや、引かないよ」と答えるはずです。

当たる確率も外れる確率も半分ずつですから、頭で計算すれば、損得はプラスマイナスゼロ(五分五分)です。

しかし、私たちの心はそうは受け止めません。

人間の脳は、「1万円をもらって嬉しい気持ち」よりも、「1万円を失って悲しい気持ち」の方を、なんと「約2倍」も強く感じるようにできています。

これを、専門用語で「損失回避(そんしつかいひ)」と呼びます。

私たちは、たとえ目の前に良いチャンスがあっても、「もしかしたら損をするかもしれない」という恐怖が少しでもあると、足がすくんで動けなくなってしまう生き物なのです。

【なぜ株や投資信託の「損切り」はあんなに難しいのか?】

この「損したくない!」という強烈な本能が、最も分かりやすく暴走するのが、株や投資信託などの資産運用をしているときです。

例えば、あなたが2つの株を持っているとします。

  • Aの株:買ったときより値上がりして、利益が出ている。
  • Bの株:買ったときより値下がりして、損が出ている。

このとき、多くの人は「Aの株(値上がりしている方)」を急いで売って、利益を確定させようとします。

「今のうちに売っておかないと、また値下がりして、この利益が消えてしまうかもしれない!」と焦ってしまうからです。

一方で、「Bの株(値下がりしている方)」に対しては、全く逆の行動をとってしまいます。

「今売ったら、損が確定してしまう。いつか値上がりして元に戻るかもしれないから、そのまま持っておこう」と、売るのを引き延ばしてしまうのです。

これを行動経済学では、「利益の確定は早いが、損切り(損失の確定)は遅くなる」と言います。

【シニアにとって「待つこと」は本当に安全?】

若い頃なら、30年待てば株価が元に戻るかもしれません。

しかし、50代からの人生において、最も貴重な資産は「お金」よりも「時間というリミット」です。

元の価格に戻るのをただ指をくわえて10年待つくらいなら、さっと損を認めて、そのお金を「今を豊かにする経験」や「手堅い別の場所」に移した方が、あなたの大切な人生の時間を無駄にせずに済みます。

「まだ売らなくて大丈夫……」という先延ばしは、時間を失うという、目に見えない大きな損失を招いているのです。

「今のまま」は本当に安全か?

もう一つ、私たちの足を止めるのが「いつものままでいいや」というブレーキ(現状維持バイアス)です。

これは、「特に大きな不満がない限り、現在の状態を変えることに心理的な抵抗を感じる」という癖です。

私たちは、何かを変えることで起こる「新しい問題」を過剰に怖がり、変えないことで起こる「じわじわとした悪化」を過小評価する傾向があります。

「損はしていないから大丈夫」と思うかもしれませんが、今の時代、物価が上がれば「お金の価値」は相対的に下がります。

10年前の100万円で買えたものが、今は110万円出さないと買えないとしたら、それは実質的に「損」をしているのと同じ。

「今のまま」を選択することは、決して「何もしない」ことではありません。「今のままというリスクを選び続けている」ということなのです。

「整理」ができないのも脳のせい?

お部屋の片付けをしていて、「これはもう何年も使っていないけれど、いつか使うかもしれないし、捨てるのはもったいない」と、結局元の場所に戻してしまったことはありませんか?

これも、人間が持つ「一度自分のものになったものに対して、実際以上の価値を感じてしまう」という心の癖が原因です。

  • 「思い出があるから」
  • 「高かったから」
  • 「いつか必要になるかもしれないから」

これらはすべて、脳が「手放す=損をする」と解釈して、ブレーキをかけている状態です。

実家の整理や、不要になった古い保険の契約なども同じです。 重い腰が上がらないのは、あなたが怠慢だからではありません。脳が「自然と今の状態を崩したくない」と必死に守ろうとしているからです。

しかし、私たちがこの癖を知っていれば、「これは脳のブレーキだな」と一歩引いて考えることができます。

「もし、今これを持っていなかったとして、改めてお金を払ってでも手に入れたいか?」

そう問い直してみる。それが、心の罠から抜け出す魔法の質問です。

50代からの「心地よい変化」のコツ

思考の癖を知ったところで、今日から無理にすべてをガラリと変える必要はありません。

大切なのは、「損を怖がりすぎて、未来 of 自分の首を絞めていないか?」と、時々自分に聞いてみることです。

現状維持の壁を乗り越えるには、大きな決断よりも、失敗しても笑って済ませられる「小さな実験」をくり返すのが効果的です。

「売りのタイミング」をあらかじめ決めておく

ずるずると判断を引き延ばしてしまいがちな株や投資信託の取引ですが、買う前に「こうなったら手放す」というルールを決めておくのがコツです。

  • 値上がりした場合(利益確定):「買った値段から20%上がったら、欲張らずに一度売って利益を確定させよう」
  • 値下がりした場合(損切り):「買った値段から10%下がったら、これ以上傷口を広げないために売却しよう」

このように、自分の感情が入る前に「売る基準」を数字で決めておくだけで、「もっと上がるかも」「いつか戻るかも」という欲や恐怖に振り回されず、賢い資産管理ができるようになります。

「一部だけ」変えてみる(まずは、お財布が痛まないところから)

「もし失敗して、大切なお金を失ったらどうしよう」という恐怖があるなら、失敗しても動揺しない「ノーリスクな場所」から試しに動かしてみるのです。

一度体験して「なんだ、意外と大丈夫だな」と脳が安心すれば、変化へのブレーキは自然と緩みます。

【お金の事例】新NISAを「月々1,000円」から始めてみる

「新NISA(少額投資非課税制度)や国が推奨する投資が気にはなるけれど、元本割れして老後資金が減るのは絶対に嫌だ。やっぱり手堅く普通預金のままにしておこう……」と、何年も放置していませんか?

これを「毎月3万円、5万円と本格的に運用を始めるぞ!」と意気込むから、脳がパニックを起こして現状維持に逃げてしまうのです。

そこで「小さな実験」です。

ネット証券などでは、100円や1,000円といったお小遣い以下の金額から積立投資を設定できます。 まずは「毎月1,000円だけ、コーヒー2杯分を回してみる」と決めてみましょう。

これなら、仮に一時的に値下がりして半額の500円になったとしても、あなたの生活には全く影響しませんよね。

しかし、実際に「自分の口座でお金が少しずつ動いている」という状態を一度経験すると、投資に対する漠然とした恐怖心(お化け屋敷に入るような怖さ)がスーッと消えていきます。仕組みに慣れた半年後、1年後に、納得がいけば少しずつ金額を増やしていけば良いのです。

「もしも」を逆転させる(「変えないこと」による未来の損失を計算する)

人間は「新しいことを始めて損をする」ことには非常に敏感ですが、「今のままでいて、じわじわと損をし続ける」ことには、驚くほど鈍感です。

だからこそ、「現状を維持した場合、将来どれくらい損をするだろう?」と、あえて逆向きの「もしも」を電卓でパチパチと弾いて数字にしてみるのです。

【固定費の事例】スマホのプランや、不要なオプションの見直し

「スマホを安いプランに変えれば安くなるのは知っている。

でも、手続きが面倒だし、今のままでいいや」と何年も放置しているケースです。

ここで「もしも」を逆転させましょう。

例えば、昔契約したまま使っていない有料オプションや、自分の利用実態に合っていない高いプランのせいで、毎月「3,000円」余計に支払っているとします。

こうして具体的な数字を目にすると、「手続きが面倒くさい」というブレーキよりも、「さすがにもったいない!今すぐ動こう!」というエネルギーが勝るようになります。

まとめ:変化は「若さ」の秘訣

私たちは年齢を重ねるほど、経験という素晴らしい武器を手に入れます。

しかし、その経験が時に「昔はこうだったから」「これが当たり前だったから」という、現状維持の重しになってしまうこともあります。

思考の癖を知ることは、心の重しを一つずつ外していく作業です。

「損をしてもいいじゃないか。それも人生の勉強だ」

そんなふうに少しだけ肩の力を抜いて、新しい風を取り入れてみる。その柔軟さこそが、これからの人生をさらに豊かに、そして若々しくしてくれるはずです。


次回のテーマは…… 「給料の1万と臨時収入の1万、なぜ価値が変わる?『あぶく銭』の正体」です。

どちらも同じ1万円のはずなのに、なぜ使い方が変わってしまうのか? 私たちが無意識に持っている「心の財布」の仕組みを解き明かします。

それでは、また次回のブログでお会いしましょう。散歩の合間に、ぜひご自身の「今のまま」を少しだけ疑ってみてくださいね。

【今日から意識したい3つのポイント】

  1. 「損をする恐怖」は「得する喜び」の2倍強いことを知っておく。
  2. 「売りのルール(何%で利益確定/損切りするか)」をあらかじめ数字で決めておく。
  3. 「変えないこと」にも、実はコストがかかっていることに気づく。

(第3回へ続く)

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