2025年5月16日に年金制度改正法が成立し、標準報酬月額の上限「65万円→75万円」3年間かけて段階的に引上げされることが決定しました。
「また、年金保険料が増えるのか」と不満を募らせるサラリーマンもいるかと思われますが、対象となる方は、あくまで「ボーナス込みで年収約1,000万円以上」のサラリーマンです。
この制度改正により「年収1,000万円」クラスのサラリーマンの厚生年金保険料負担が増えることとなりますが、将来もらえる年金も増えることとなります。
では、一体どのくらい保険料の負担&年金はいくら増えるかを詳しく解説します。
1. はじめに:なぜ、今、標準報酬月額の上限が引き上げられるのか?
近年、少子高齢化の進展により、日本の年金制度は持続可能性の課題に直面しています。この課題に対応するため、政府は社会保障制度改革の一環として、厚生年金保険料の徴収方法を見直すことを決定しました。
その中でも特に注目されているのが、標準報酬月額の上限の段階的引上げです。これは、高所得者層の厚生年金保険料の負担を見直すことで、将来の年金給付の充実と年金財政の安定化を図ることを目的としています。
標準報酬月額とは?
「標準報酬月額(ひょうじゅんほうしゅうげつがく)」は、社会保険料(健康保険料や厚生年金保険料など)を計算するための基準となる月々の給料の目安額です。
少しわかりづらいですね。もう少し詳しく説明します。
なぜ「標準報酬月額」が必要なのか?
毎月の給料は、残業代や手当などで変動することがよくありますよね。もし毎月、その時々の給料で社会保険料を計算していたら、手続きが非常に煩雑になってしまいます。
そこで、年間の給料を一定のルールで区分けし、それに当てはまる「標準報酬月額」を決めることで、社会保険料の計算をシンプルにしているんです。
どうやって決まるの?
原則として、毎年4月・5月・6月の3ヶ月間の給料(報酬)の平均額をもとに決定されます。
- 報酬に含まれるもの: 基本給だけでなく、通勤手当、残業手当、家族手当、住宅手当など、会社から定期的に支払われるものが含まれます。
- 報酬に含まれないもの: 賞与(ボーナス、ただし年4回以上支給されるものは含まれる)、退職金、結婚祝い金、出張旅費など、臨時に支払われるものは含まれません。
この3ヶ月間の平均額を「報酬月額」とし、それを「保険料額表」という表に当てはめて、対応する「標準報酬月額」が決まります。
等級って何?
「標準報酬月額」は、厚生年金保険では1~32の等級に分けられています。給料が高いほど等級も上がり、それに伴って社会保険料も高くなります。(健康保険では1~50の等級)
参照:厚生労働省「令和2年9月分(10月納付分)からの厚生年金保険料額表(令和7年度版)」
いつからいつまで適用されるの?
毎年7月に決定された「標準報酬月額」は、原則としてその年の9月から翌年の8月までの1年間、適用されます。
ただし、昇給や降給などで給料が大幅に変わった場合は、途中で「標準報酬月額」が見直されることがあります(随時改定といいます)。
何に使われるの?
主に以下の計算に使われます。この毎年の標準報酬月額は、毎月誕生月に送られてくる「ねんきん定期便」に記載されています。
参考記事:ねんきん定期便には生命保険見直しのヒントがある ねんきん定期便の見方
- 厚生年金保険料の計算: 会社と従業員が折半して支払う厚生年金保険料の金額の基準になります。将来もらえる年金額にも影響します。
- 傷病手当金や出産手当金などの計算: 病気や怪我で会社を休んだ時に支給される手当や、出産時に支給される手当の金額の計算にも使われます。
- 健康保険料の計算: 会社と従業員が折半して支払う健康保険料の金額の基準になります。
続いて、標準報酬月額の引き上げについて、その制度改正の背景や影響を受けるのはどういう方々なのか詳しく見ていきましょう。
3. 制度改正の背景
現在、厚生年金保険の標準報酬月額の上限は65万円です。
これは、どんなに高い給与を受け取っていても、標準報酬月額は65万円として扱われ、それ以上の給与については厚生年金保険料がかからないということを意味します。
段階的引上げの背景と目的
「標準報酬月額」の上限を超える高収入の方は、実際の収入に比べて保険料の負担割合が低くなる仕組みになっていました。
今後も賃金の上昇が見込まれる中で、世代内の公平性を確保するため、こうした方々には実際の収入に見合った保険料を負担してもらい、その分、将来の年金額を手厚くしていく方向です。
これにより、以下の効果が期待されています。
- 年金財政の改善: 保険料収入が増加し、年金制度全体の安定に寄与します。
- 将来の年金給付の充実: 保険料負担が増えることで、将来受け取る年金額も増加する可能性があります。
段階的引上げのスケジュール(案)
今回の改正では、標準報酬月額の上限が2027年9月から2029年9月にかけて、段階的に75万円まで引き上げられます。
実施時期 | 標準報酬月額の上限(現行) | 新しい上限 | 新設される等級 |
第1段階 (2027年9月) | 65万円 | 68万円 | 第33級 |
第2段階 (2028年9月) | 68万円 | 71万円 | 第34級 |
第3段階 (2029年9月) | 71万円 | 75万円 | 第35級 |
高所得者層「年収1000万円以上」の厚生年金保険料が増える?!
今回の「標準報酬月額」の上限引き上げにより影響を受けるのは、月収が「66万5000円以上」の方です。
年間収入で見ると、おおよそ「年収1,000万円」程度の方が対象となり、この層では段階的に厚生年金保険料の負担が重くなることが見込まれています。
厚生労働省のデータによれば、現在の上限である月額65万円を超えている高所得者は、全体の被保険者のうちおよそ6.5%。

出所:厚生労働省「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律の概要」
「全体の6.5%」ときくと、影響を受ける人はごく僅かな印象を受けるかもしれません。
しかし、具体的な人数でみると、対象となるのは約278万人。多くの方が今回の改正により影響を受けることがわかります。
次章では、標準報酬月額の段階的な引き上げ後に、保険料の負担額や受け取る年金がどのように変わるのかを試算してみます。
影響
従業員側
- 社会保険料負担の増加: 標準報酬月額が引き上げられることで、厚生年金保険料が増加します。 (例:標準報酬月額が65万円から最終的に75万円になった場合、本人負担で月額約9,150円の負担増)
- 将来の年金給付額の増加: 保険料負担が増える分、将来受け取る老齢厚生年金も増加する見込みです。 (例:上限引き上げにより増額された保険料を10年間負担すると、老齢厚生年金が年約61,000円増加する試算)
企業側
- 社会保険料負担の増加: 従業員の保険料負担が増えるのと同額、企業側の負担も増加します。 (例:標準報酬月額が65万円から最終的に75万円になった場合、企業負担で月額約9,150円の負担増)
- 給与計算・手続きの変更: 標準報酬月額の計算や社会保険料控除のシステム変更が必要となる場合があります。
4. 【厚生年金保険料】2027年9月~「負担額&年金額」は月いくらになる?
この章では、具体的なケースをもとに、標準報酬月額の上限引き上げによって厚生年金保険料の負担額と将来の年金受給額がどのように変わるのかを確認していきます。
※シミュレーションに用いる年金額は2024年度の基準に基づいており、対象となる年に1年間該当した場合のおおよその目安です。
出所:厚生労働省「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律の概要」
前提条件:
- 保険料率は厚生年金保険料率18.3%(労使折半)で固定とします。
- 年金額は、現在の年金制度に基づき、厚生年金の報酬比例部分のみを考慮します。老齢基礎年金は含みません。
- 年金額の計算は簡略化されており、個人の加入期間や平均標準報酬額によって大きく変動します。あくまで目安としてご覧ください。
- 引き上げ時期や具体的な引き上げ幅は未定のため、ここでは仮のシナリオを設定しています。

*1: 標準報酬月額の上限引き上げが1年間継続した場合の、年金月額の増加分の目安です。具体的な年金額は加入期間全体の標準報酬月額によって計算されます。
出典:厚生労働省「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律の概要」を参考に筆者作成
上記のとおり、収入が高いほど、今回の改正による保険料の負担増が大きくなっています。また、比例して年金額もアップしていることがわかります。
5. まとめ
2025年6月13日、年金改正法案が成立しました。
これから、社会保険の加入対象の拡大や在職老齢年金・遺族年金の見直しなど、さまざまな改正が進められていきます。
厚生年金保険に加入して働く方のうち、年収が1000万円を超える方々は、標準報酬月額の上限引き上げにより、保険料の負担が増えます。
保険料が増えることで、将来の年金受給額も増えますが、前述の試算結果を見ると「年金増」よりも「負担増」の方が目立ってしまうかもしれません。
なお、負担額・年金額がどのくらい変わるかは収入により異なるため、対象にる方は、シミュレーションをしてみると良いでしょう。
コメント